チロリン永眠 その2
19日火曜日の朝
いつものように、タプと一緒に外に出て、
いつものように過ごさせました。
20日水曜日の朝も、
またまた、いつものように外に出て、
もうソロソロでしょう。と
妻が添い寝してあげ、私は仕事へ行きました。
タプも一緒に寄り添い
「昼までもつかなあ❔」と思っていたのですが、
午後になると、やっぱり大好きな外の日差しを浴びに、
そして熱くなり、日陰へ
そして、翌日21日木曜日
もうすっかりいつ死んでもおかしくない外見になりましたが、
これまで、ずっとしてきたようにタプと一緒に過ごし、
そして、夕方
もうほとんど動く体力もないのに、
外に出て私と散歩
そして、いよいよ最後の晩
タプもしばらく一緒にいてあげました。
この後、妻は最後を見なくて良いように、
私が添い寝してあげ、
最後を看取ってあげました。
22日金曜日の早朝5時
声を上げ息を引き取りました。
30分程して妻が起きてきた時、
チロリンの口が、まるで私たち二人にお別れを言っているかのように、
しばらく動いていました。
妻も、いくらか耐えやすい形でお別れができてよかったです。
そして、
チロリンの無駄にカッコいいトイレだけが残りました。
私たち夫婦がよりどころにしている、聖書によると、人間と違って動物は、神様が初めから死ぬものとして創られたました
ですから、死ぬことを自然に受け入れられるように創られているということです。
チロリンも死ぬことが辛かった、苦しかった、わけではなく、
私たちとの別れが嫌だったのかと思います。
「最後にあげた声は、決して苦しかったわけではなく、思い通りにならなかったから、いつものように、声を上げただけなんじゃないだって、チロリンは嫌な時は必ず声を上げてたじゃん」。
と、妻が言いました。
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by pot-hitomi-art
| 2020-06-01 23:44
| 日常
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